2008年04月20日
尽くすことで関係は維持できない
今日のテーマ「尽くすことで関係は維持できない」
恋愛にしろ、結婚にしろ、相手に尽くすことで、
その関係を維持しようと思うならば、長続きはしないでしょう。
一見、相手に尽くすことで、感謝され、愛情を育んでいるように見えますが、
自己現実している人は、相手に尽くされることを望んでいないからです。
まして、自分を犠牲にしてまで尽くす行為は、全く評価に値しないと考えています。
自己犠牲的献身は、自分の欠点を隠そうとして行っている場合があります。
自分の悪い部分を知られたくない、見られたくない、
そして、その欠点の為に関係が壊れるのではないか?という不安から、
犠牲的に尽くしてしまうのです。
でも、本当の自分を出せないような相手との関係が、
本当に上手くいくと思いますか?
それが継続していくと思いますか?
自分の思ったことを言ったりしたりした事で、
その関係が壊れるなら、元々壊れるような関係だった、
いや、元々関係なんて作れるようなものではなかった、
そういうことになるんだと思います。
自分がしたいからするのと、相手に嫌われない為にするのとでは、
動機が全く違います。
同じことでも、動機が違えば、自分の心の中の葛藤は無くなりません。
彼氏の為にお弁当を作ってあげる。
こんなよくある行為にしたって、したいからするのか?
嫌われないよう、するのか?では全然違うのです。
作ってあげたいと思ってお弁当を作った人は、
彼氏が「卵焼きが美味しくなかった。」と言っても、傷つきません。
「そう?甘い方が好き?」という感じの会話になります。
でも、嫌われたくないから、お弁当を作っている人は、
「卵焼きが美味しくなかった。」と言われたら、
「せっかく作ったのに…。」と悲しくなるか、
「わざわざ作ったのに、文句いうなんて!」と怒るか、
そのどちらかでしょう。
悲しくなる人は、それからどんどん引込み思案になるし、
怒る人は、より一層犠牲的献身をするようになるでしょう。
本当に関係が上手くいってるというのは、
恋愛だけでなく、友達や親子間であっても、
献身的に尽くすという行為は、犠牲の上にはありません。
相手は、あなたが自分自身を大切にしていることを望むはずです。
もし、相手が自分を犠牲にすることで、愛を確信するような人に出会ったら、
その人とは、恋愛は出来ないと考えた方が良いでしょう。
それは恋愛とは別の関係になります。
どんなに言葉で「好きだ。」「愛してる。」と言っても、
相手の犠牲の上にしか存在しないものなのですから。
私も昔、自己犠牲的献身をしていた頃があります。
今考えると、全くもってありえないなぁ〜と感じますが、
当時は、それが当たり前だと思っていたし、殆ど無意識でした。
なぜ、自己犠牲的献身を無意識にしていた私がそれに気がついたか?
簡単に言えば、その関係がいつも上手くいかなかったからです。
最初は上手くいっているように感じるのですが、
結局、長続きしなくなるんですね。
無意識ほど怖いものはないです。
もう一度、自分の行動を振り返ってみて下さいね。
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恋愛にしろ、結婚にしろ、相手に尽くすことで、
その関係を維持しようと思うならば、長続きはしないでしょう。
一見、相手に尽くすことで、感謝され、愛情を育んでいるように見えますが、
自己現実している人は、相手に尽くされることを望んでいないからです。
まして、自分を犠牲にしてまで尽くす行為は、全く評価に値しないと考えています。
自己犠牲的献身は、自分の欠点を隠そうとして行っている場合があります。
自分の悪い部分を知られたくない、見られたくない、
そして、その欠点の為に関係が壊れるのではないか?という不安から、
犠牲的に尽くしてしまうのです。
でも、本当の自分を出せないような相手との関係が、
本当に上手くいくと思いますか?
それが継続していくと思いますか?
自分の思ったことを言ったりしたりした事で、
その関係が壊れるなら、元々壊れるような関係だった、
いや、元々関係なんて作れるようなものではなかった、
そういうことになるんだと思います。
自分がしたいからするのと、相手に嫌われない為にするのとでは、
動機が全く違います。
同じことでも、動機が違えば、自分の心の中の葛藤は無くなりません。
彼氏の為にお弁当を作ってあげる。
こんなよくある行為にしたって、したいからするのか?
嫌われないよう、するのか?では全然違うのです。
作ってあげたいと思ってお弁当を作った人は、
彼氏が「卵焼きが美味しくなかった。」と言っても、傷つきません。
「そう?甘い方が好き?」という感じの会話になります。
でも、嫌われたくないから、お弁当を作っている人は、
「卵焼きが美味しくなかった。」と言われたら、
「せっかく作ったのに…。」と悲しくなるか、
「わざわざ作ったのに、文句いうなんて!」と怒るか、
そのどちらかでしょう。
悲しくなる人は、それからどんどん引込み思案になるし、
怒る人は、より一層犠牲的献身をするようになるでしょう。
本当に関係が上手くいってるというのは、
恋愛だけでなく、友達や親子間であっても、
献身的に尽くすという行為は、犠牲の上にはありません。
相手は、あなたが自分自身を大切にしていることを望むはずです。
もし、相手が自分を犠牲にすることで、愛を確信するような人に出会ったら、
その人とは、恋愛は出来ないと考えた方が良いでしょう。
それは恋愛とは別の関係になります。
どんなに言葉で「好きだ。」「愛してる。」と言っても、
相手の犠牲の上にしか存在しないものなのですから。
私も昔、自己犠牲的献身をしていた頃があります。
今考えると、全くもってありえないなぁ〜と感じますが、
当時は、それが当たり前だと思っていたし、殆ど無意識でした。
なぜ、自己犠牲的献身を無意識にしていた私がそれに気がついたか?
簡単に言えば、その関係がいつも上手くいかなかったからです。
最初は上手くいっているように感じるのですが、
結局、長続きしなくなるんですね。
無意識ほど怖いものはないです。
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