2008年08月03日
基本的な劣等感
今日のテーマ「基本的な劣等感」
DV(ドメスティックバイオレンス)はもう、聞き慣れた言葉になってしまいました。
これは何十年も前からあったことですが、問題視されるようになったのはつい最近のことです。
ベスト・フレンズのようなドラマも放送され、より一般化されてきたと思います。
ベスト・フレンズの中で、暴力を振るう男と、暴力を振るわれる女を見ると、
どうして暴力を振るうのか理解できず、どうしてまた舞戻るのかも理解できず、
DVと縁遠い人は、考えの浅い男女の物語のような感じを受けていると思いますが、
今日はこの辺りを少しお話したいと思います。
まず、暴力を振るう男は「いつか自分が捨てられる」という、基本的な劣等感があります。
そして、これが暴力の引き金になっていることが殆どです。
最初は小さな口論が、女性の「いつだって別れても良いのよ。」とか、
「他にも良い人はいっぱいいる」などの、嫉妬心をかき立てる言葉で、
暴力に発展する場合が多いのです。
ドラマの場合は、瑠可を大切に思う美知留の気持ちが、宗佑の嫉妬心に触れました。
なぜ、女性は暴力男に舞い戻るのかを考えると、自分に愛情が向いていると思っているからです。
余りの暴力で、男からの愛情が感じられなくなった時、初めて女性は逃げ出します。
言葉通り、着のみ着のまま、あるいは裸足で逃げだす感じです。
この二人に共通するところは、愛情の欠落です。
当人の愛情が欠落しているのではなく、当人に本来向いているはずの愛情が、
小さい頃から欠落しているということです。
相手を互いに支配したいと思っているので、愛情というよりも支配が先立ち、
支配できないと感じると、愛情が足りないと感じ、それが発展して、
愛されていない自分を感じ、捨てられる恐怖感に変わり、最後に暴力に変貌します。
女は言葉の暴力へ、男は身体的暴力へ。
支配=コントロールは、何度も書いていますが、子供の頃に母親をコントロール出来なかったことで、
幼児的欲求が満たされていないために起こります。
ドラマの中でも、宗佑には暗い過去がありました。
母親に捨てられ、親戚中をタライ回しにされて育った宗佑は、
母親と同じように、美知留もいつか僕を捨てるだろう、
という恐怖心を持っていました。
一方、美知留も金の無心をする母親と暮らし、
美知留は自分が邪魔な存在なのではないか?という、
「捨てられる」恐怖心を抱えて生きていました。
宗佑と美知留は同じ苦しみを持つ者同士です。
頼られる自分、愛される自分、必要とされる自分、
それはまさしく、幼児的欲求を満たす要素です。
これが合致すると、宗佑と美知留のような関係が出来上がります。
お互いがお互いを求めている関係とも言えます。
しかし、傷を負った者が相手の傷を修復するのは不可能です。
どちらも幼児的欲求を満たして欲しいと願っているのですから…。
幼児的欲求が満たされていない状態が続き、大人になると、
それは基本的な劣等感として形成されていきます。
劣等感は、自己無価値感と同じような感覚です。
宗佑は捨てられる恐怖心から、相手を支配しコントロールしようとしましたが、
これは暴力を伴わなくても、同じようなことが行われている事があります。
この二人は一緒にいて傷の舐め合いをしても、しあわせにはなれません。
どちらも欲求を満たして欲しい同士では、ケアは難しいのです。
今、若い人に暴力を振るう男が増えています。
内縁の夫が女性の子供に暴力を振るうのも、対象が女性ではなく、
子供に向いているだけで、心理的な葛藤は同じです。
こういう人には、必ず兆候があります。
「物に当たる」は最後に必ず「人に当たる」になります。
女性はまず、逃げて下さい。
必要とされていると思わないで下さい。
必要としているのは、「母親のような愛情」であり、
自分ではないと言い聞かせて逃げるようにして下さい。
そして、そういう男を選んでしまう自分の心の葛藤を探して下さい。
◆◇◆◇◆◇◆編集後記◆◇◆◇◆◇◆
今日は日曜日ですが、私の祖母と祖父の三回忌です。
四十九日、一回忌、三回忌、七回忌、一三回忌とありますが、
これは何の為に行われるのか知っていますか?
仏教で言われているのは、あの世で行われる裁判の日なんだそうです。
この人はこの世で、良い人でしたか?ということを、
生きている人に問いてる日なんですね。
なので、命日よりも先にするようにします。
裁判が終わってから、「あの人は良い人でしたー!」と訴えても、
遅いって訳ですねぇ〜。
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DV(ドメスティックバイオレンス)はもう、聞き慣れた言葉になってしまいました。
これは何十年も前からあったことですが、問題視されるようになったのはつい最近のことです。
ベスト・フレンズのようなドラマも放送され、より一般化されてきたと思います。
ベスト・フレンズの中で、暴力を振るう男と、暴力を振るわれる女を見ると、
どうして暴力を振るうのか理解できず、どうしてまた舞戻るのかも理解できず、
DVと縁遠い人は、考えの浅い男女の物語のような感じを受けていると思いますが、
今日はこの辺りを少しお話したいと思います。
まず、暴力を振るう男は「いつか自分が捨てられる」という、基本的な劣等感があります。
そして、これが暴力の引き金になっていることが殆どです。
最初は小さな口論が、女性の「いつだって別れても良いのよ。」とか、
「他にも良い人はいっぱいいる」などの、嫉妬心をかき立てる言葉で、
暴力に発展する場合が多いのです。
ドラマの場合は、瑠可を大切に思う美知留の気持ちが、宗佑の嫉妬心に触れました。
なぜ、女性は暴力男に舞い戻るのかを考えると、自分に愛情が向いていると思っているからです。
余りの暴力で、男からの愛情が感じられなくなった時、初めて女性は逃げ出します。
言葉通り、着のみ着のまま、あるいは裸足で逃げだす感じです。
この二人に共通するところは、愛情の欠落です。
当人の愛情が欠落しているのではなく、当人に本来向いているはずの愛情が、
小さい頃から欠落しているということです。
相手を互いに支配したいと思っているので、愛情というよりも支配が先立ち、
支配できないと感じると、愛情が足りないと感じ、それが発展して、
愛されていない自分を感じ、捨てられる恐怖感に変わり、最後に暴力に変貌します。
女は言葉の暴力へ、男は身体的暴力へ。
支配=コントロールは、何度も書いていますが、子供の頃に母親をコントロール出来なかったことで、
幼児的欲求が満たされていないために起こります。
ドラマの中でも、宗佑には暗い過去がありました。
母親に捨てられ、親戚中をタライ回しにされて育った宗佑は、
母親と同じように、美知留もいつか僕を捨てるだろう、
という恐怖心を持っていました。
一方、美知留も金の無心をする母親と暮らし、
美知留は自分が邪魔な存在なのではないか?という、
「捨てられる」恐怖心を抱えて生きていました。
宗佑と美知留は同じ苦しみを持つ者同士です。
頼られる自分、愛される自分、必要とされる自分、
それはまさしく、幼児的欲求を満たす要素です。
これが合致すると、宗佑と美知留のような関係が出来上がります。
お互いがお互いを求めている関係とも言えます。
しかし、傷を負った者が相手の傷を修復するのは不可能です。
どちらも幼児的欲求を満たして欲しいと願っているのですから…。
幼児的欲求が満たされていない状態が続き、大人になると、
それは基本的な劣等感として形成されていきます。
劣等感は、自己無価値感と同じような感覚です。
宗佑は捨てられる恐怖心から、相手を支配しコントロールしようとしましたが、
これは暴力を伴わなくても、同じようなことが行われている事があります。
この二人は一緒にいて傷の舐め合いをしても、しあわせにはなれません。
どちらも欲求を満たして欲しい同士では、ケアは難しいのです。
今、若い人に暴力を振るう男が増えています。
内縁の夫が女性の子供に暴力を振るうのも、対象が女性ではなく、
子供に向いているだけで、心理的な葛藤は同じです。
こういう人には、必ず兆候があります。
「物に当たる」は最後に必ず「人に当たる」になります。
女性はまず、逃げて下さい。
必要とされていると思わないで下さい。
必要としているのは、「母親のような愛情」であり、
自分ではないと言い聞かせて逃げるようにして下さい。
そして、そういう男を選んでしまう自分の心の葛藤を探して下さい。
◆◇◆◇◆◇◆編集後記◆◇◆◇◆◇◆
今日は日曜日ですが、私の祖母と祖父の三回忌です。
四十九日、一回忌、三回忌、七回忌、一三回忌とありますが、
これは何の為に行われるのか知っていますか?
仏教で言われているのは、あの世で行われる裁判の日なんだそうです。
この人はこの世で、良い人でしたか?ということを、
生きている人に問いてる日なんですね。
なので、命日よりも先にするようにします。
裁判が終わってから、「あの人は良い人でしたー!」と訴えても、
遅いって訳ですねぇ〜。
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