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2008年09月02日

愛のラッパ

今日のテーマ「愛のラッパ」

大事な人を守りたい。
大事な人をしあわせにしたい。
愛しているのだから当たり前。
愛しているのだから我慢する。

こんな大袈裟なことを言う人には注意しましょう。
本当の愛じゃなく、愛のラッパを高らかに吹いているだけかもしれません。

私の知人で、結婚する時に「一生君を守る」と言われて結婚した人がいます。
3年後に離婚していました。

「一生、守れなかったんだもん。」という理由です。

彼女は相手を愛してはいませんでした。
「一生、守る」という言葉が好きなだけでした。
なので、それが無くなったら、相手に失望したということです。

大袈裟に「一生君を守る」といった相手も、愛のラッパを吹いただけでした。
彼女よりも自分の親や兄弟の方を家族として優先していたり、
彼女に母親役を求めていたりで、守るどころか守られたいと思っているような人でした。

私は二人の離婚について、どっちもどっちだと感じています。
本当に好きでもない人と結婚した彼女も良くなかったし、
親離れ出来ていない男が、彼女に母親を求めて結婚するのも良くなかったでしょう。

ただ、こういう見方をする人は少ないように思います。

あの時にどっちが何を言ったとか、あの時にどっちが何をしたとか、
小さい揉めごとにばかり目が向いて、根本的なことに目が向きません。

まず、女性側は本当に好きなのかどうなのか?をもっと吟味するべきでした。

彼女はどちらかというと、男性にモテるタイプの人でしたが、
結婚した男性のような、すぐに愛のラッパを吹くような男性とばかり付き合い、
その度に失望して別れるということを繰り返していました。

ただ、この場合なかなか自分の悪い部分に気が付きません。
男性にモテるので、一人いることが少ないですし、
相手が悪いんだという結論になりやすいのです。

男性も自分ではカッコ良いことだと思って、愛のラッパを一生懸命に吹きますが、
ラッパを吹かないと自分には魅力が無いと思っていたのです。

簡単に言えば自分を好きではないという事ですね。

愛のラッパの最初は良い音がします。
「一生、君を大事にするよ」
「一生、君をしあわせにするよ」

こんな言葉から始まってきます。

しかし、愛とは本来ラッパではありませんので、段々と音がおかしくなってきます。

「愛してあるんだったら、これくらい当たり前だろう」
「妻なんだから、夫に対してこの態度は何だ!」

という愛の欲求に変わっていくのです。
しかも、「家族愛」とか「夫婦愛」とかいう愛のラッパを吹いてです。

大袈裟な言葉は、愛ではありません。
本当の愛とは、全てを受け入れることから始まります。

受け入れるっていうのは、全てを許すってことです。
こういう事はしないで欲しいとか、こういうことは嫌だと思うという事は言います。

でも、それをしたとしても、その人を許して受け入れるのが愛なんですね。

して欲しくない事をしたり、嫌だということをして、その行為を認めるという事ではありません。

この辺り、ちょっと難しいですね。
行為を認めたり、それを支持することではなくて、嫌は嫌、して欲しくないはして欲しくない、
でも、してしまった人を恨んだり、許さないという気持ちを持たないという事です。

大袈裟なことを言ってる人は、本当の愛とは何かについて考えてみて欲しいと思います。

愛人に愛のラッパを吹いて、本妻を裏切っている人ってたくさんいますよね。
そういう人も、本当の愛を知らない人ですよ。


◆◇◆◇◆◇◆編集後記◆◇◆◇◆◇◆

明日はジブリ映画の背景を書いているジブリの絵職人の、
男鹿和雄展を見に行ってこようと思います。
札幌の美術館でやってるんですよ〜。

東京でもやってたんですが、行く時間が取れませんでした。

あっ。ポニョはまだ観てません。
帰ったら友達と一緒に行く約束しているので楽しみですね(笑)


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azusa_hijiri at 21:30│この記事をクリップ!恋愛 | 結婚