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2009年06月01日

相談事例〜正義を顕示したくなる真理

今日のテーマ「相談事例〜正義を顕示したくなる真理」

相談メールより、今日は書かせて貰いたいと思います。


*:--☆--:*:--☆--: 相談内容 :--☆--:*:--☆--:

普段、接客の仕事や電車の中で他人のおかしな振る舞いをみると、
かなり軽蔑の目でみてしまい、そこから、「こういう奴にはこういってやろう」とか、
「気付かせてやりたい」と、頭の中で相手とのやりとりを連想してしまいます。

また、接客で受けた暴言など、怒りで家に帰っても忘れることができず、
また「こういってやろう」と打ち負かすことを想像してしまいます。

日常、こういうことがすごく多いのです。

自分の正義を相手に証明したい意識が強すぎるのでしょうか?

いろんな人がいるし、受け入れないといけないことは、仕事柄、体験し、
気にしてるだけに、他人以上に意識してるはずなのですが。

もう一つは、まだ実際に起こってない相手とのやりとりを、
どうせこう思ってるんだろうな、こう言われるんだろうなと想像し、
先読してしまい、それにたいしての自分が思う正論や、
言い訳や反論をいつも心の中で考えてしまいます。

とにかく今は頭の中でそういった、やりとりの想像をしないで、
のほほんとおおらかな自分になりたい思いでいっぱいです。

誰かに何かを言われたわけではないし、言われることはないかもしれないのに、
こうゆってくるんじゃないか、そのときはこう言ってやる、
といった妄想をしてしまうのです。

あと、なぜか自分の行動に言い訳をしてしまうくせがあるように思います。
そのくせも上記の悩みとつながってるように思います。

30代 女性

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彼女は、とても正義感が強いと思います。

しかし、正義感が強いからといって、自分の行動に自信があるかどうかは別の問題ですし、
正義感を顕示することができるかどうかも別問題です。

これは彼女に考えて貰いたいところなのですが、なぜ正義を相手に証明しようと思うのか?

殆どの悩みや、問題は、まずは原因を探ることから始めて欲しいと思います。

原因はさすがに私もわかりません。
こうではないですか?とか、こんなことはありませんか?と、
色々な方向から聞いて、少しずつ問題の原因がわかってくるのです。

まず、どういう育てられ方をしたのか?が一番考えやすいと思います。

彼女のように、他人の行動を見て、それに対して何か言ってやろう!とか、
気づかせてやろう!と思う人は、親に厳しく育てられた人が多いです。

躾が厳しかったので、本当は自分も、時には他人のような行動を取りたかったのに、
出来なかったという思いから、他人の行動に厳しくなることがあります。

わかりやすい例でいうなら、親に言われて嫌々やった宿題を持って学校に行くと、
宿題を忘れた子がいました。

その子が宿題を見せて欲しいと言ってきても、嫌々宿題をやった子は、
宿題を忘れた子に見せてやろうとは思わないという事です。

やりたいという気持ちがなく何かをした人は、やりたくない事をしない人を許せないものです。

嫌々水汲みをさせられた子は、水汲みをしないのに水を飲む子を許せないのです。

彼女の場合は、この心理が近いのではないかな?と考えられます。
そこに更に、言いたいことがハッキリ言えないのも加わると、
頭の中でアレコレ考えてみたり、言い訳を考えてみたりするのではないでしょうか?

言いたいことがハッキリ言えない人の特徴として、
言いたいことを言うことを、許されなかった社会に生きていたか、
もしくは、自分から言わなくなってしまったというのがあります。

子供は黙ってなさい!とか、大人の会話に入ってくるんじゃないの!
なんて親に言われて育ってしまうと、子供は言いたいことが言えなくなる場合があります。

親が共働きなどで忙しく、子供が親を気遣って言いたいことを言わない場合もあります。

元々の性格にもよりますが、真面目で優しい子ほど、後者のようになる場合が多いようです。


自分は自然な感覚では生きられず、嫌々社会に順応して生きてきて、
苦しいけれど、それに耐えて頑張っている。

しかし、他の人を見ればワガママ放題で、社会に順応もしておらず、
苦しいとも思っていないで、好き勝手に生きてる。

そういう人がいても良いんだと認めることは、今までの自分のツライ生き方を、
否定しなければなりません。

自然な気持ちのまま生きてこれなかった事で、既に自分を否定されているのに、
さらに好き勝手に生きてい人を認めるということは、二重に自分を否定しなければならないのです。

これでは、好き勝手に生きている人が、憎らしいと思って当たり前です。
どうして自分だけがという気持ちになって当たり前です。

しかし、この憎しみを乗り越えた時、本当に心穏やかな日々が送れるのです。

「ブレイン・スタイル」(マーレーン・ミラー著)の中に、
こんな研究をした人がいます。

カリフォルニア大学のエミー・ワーナーは、32年に渡って、
698人のハイリスクな子供を研究してきました。

本の中では「物理的障害に囲まれた、最も不毛な家」で育った子供たちです。

3人に2人は、10歳までの間に問題行動を起こすのに対して、3人に1人の割合で、
有能で自信に満ちた、心優しい若者に育ったとあります。

全く同じ家庭環境ではありませんが、似たような環境の中で育って、
2人は生きるのがつらく、1人は生きるのが楽しい、となったのです。

さて、この二つのグループの差は、一体なんだったのでしょうか?

本によると1つは、特に才能は無かったが、この子たちは持っている能力や技能を、
効果的に使ったとあります。

子供の能力ですから、特別な何かではありません。
絵が好きだという技能や、歌が好きだという技能、本を読むのが好きだという技能です。

絵が上手いとか、歌が上手いということではありません。
特別な才能ではなく、好きなことを効果的に行ったという事でしょう。

次に、親に限らず最低一人の大人が彼らを信じてあげる、長期の個人的世話役だったとあります。

これが兄弟姉妹だったり、親戚のおばさんやおじさんだったり、
学校の先生や、友達、教会の神父など、1/3近くが信仰と祈りが、
大きく内面や、個人的な心の支えになったと答えています。

信仰は、そういう意味では大きな役割を担っているのでしょう。
日本は海外ほど、信仰というものを積極的に行っている国ではありません。

信仰の自由が認められてから、形式ばかりが先行してしまい、
心からしあわせを望む、神という存在が消滅してしまったに等しいです。

3つ目は、個人的な他人とは関係のないところで趣味を持っていたとあります。

趣味というと大きなことを考えでしまいがちですが、
読書でも、映画を見るでも、何でも良いのです。

日曜大工をしよう!とか、油絵を始めてみよう!とか、大がかりではなくても、
自分が本当に好きだと思えることを始めてみれば良いのです。

自分が好きなものが、何かわからない人は、目にしたものから始めてみる。
ちょっとやってみようかな?と思うものを、とにかく最低3カ月は続けてみる。

3ヶ月続けても好きになれなければ、別のことをしたって構わないと思います。

自分を知らない時は、自分を知ることから始めれば良いのです。

今日はちょっと長くなりましたが、この本に書かれていることも、
これはあくまでも、そういう傾向があるというだけで、
全ての人に当てはまることではありませんし、家庭環境などというものは、
それぞれ違いますから、そのあたりを自分で探ってみて欲しいのです。

私が出来るのは、問題を解決できるようになるプロセスを教えてあげることだけです。

他人の家庭環境を知って、こういうこともあるのでは?という疑問は持てますが、
これが原因で、あなたはこういう性格で、こういう治療が必要ですとは言えません。

色々な角度から、自分の生きてきた過程を見つめ、今の自分を見つめ、
未来はどうなりたいかを考え、その為に何が必要かを検討し、
その為に継続的な努力をすることが、「しあわせ」への近道です。

台所が少し汚れているくらいなら良いかと、そのまま放置しておけば、
その汚れはどんどん取りにくくなりますよね。

それと同じで、いつも小さなことから見直していくことが大事なんだと思いますよ。

相談を下さった30代女性の方は、何かわからないことなどありましたら、
またメール頂ければと思います。


◆◇◆◇◆◇◆編集後記◆◇◆◇◆◇◆

土日は、皆さんと楽しく過ごせて本当に良かったです。

悩みを解決する為の行動を起こす為の思考パターンや、
未来の自分の為に、今できることは何か?を一緒に考えました。

参加して下さった方の中には、メールでの相談の段階で、
すでにその行動パターンを、しっかり身につけてくれている方もいて、
本当に嬉しかったですね。

しあわせって、そんなに難しいことじゃないんですよって言うと、
「本当にそうですね。今まで気が付きませんでした。」と言ってくれる方もいて、
ちょっとした「気づき」なんじゃないかな?とも感じました。

今度はいつ開催できるかわかりませんが、
また、是非参加して頂ければと思います。


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azusa_hijiri at 13:31│この記事をクリップ!人生