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2010年07月25日

人間関係を円満にするために絶対必要なこと

今日のテーマ「人間関係を円満にするために必要なこと」

人間関係を円満にする為に、必要なことは、
「自分のしたいことを、自分の意識の中で明確にする」ことです。

自分のしたいことが明確ではない人は、他人の喜ぶことをしようとします。

カフェに行っても、遊園地に行っても、旅行に行っても、
相手が喜ぶような行動をしようとしてしまいます。

例えば、遊園地に行って、自分はジェットコースターに乗りたいと、
無意識の中にはあるけれど、相手に何に乗りたい?と聞いてしまう。

例えば、旅行に行って、自分はそろそろチェックインしたいと無意識の中にあるけど、
相手に次はどこに行く?と聞いてしまう。

相手が自分のしたいことを、自分の意識の中で明確にしている人なら、
○○したいと言うので、あなたは何となく相手に合わせて行動してしまう。

無意識では自分でも、○○したかったという欲求があったけれど、
相手の言いなりのように行動してしまい、それが積み重なると、
相手に合わせてあげたとか、相手に譲ってあげたという感覚になる。

自然と恩着せがましくなり、恩を着せられた感覚のない相手は、
恩着せがましいあなたに不満になり、あなたは相手に合わせてあげているのに、
それに見合った感謝などが感じられなくて不満になる。

簡単な会話の中でも、同じようなことが積み重なって不満になってくる場合があります。

例えば、「明日、一緒にお買い物に行かない?」と恋人に聞いてみると、
恋人は「まぁ、いいよ」と答える。

あなたは恋人に対して「いいね!行こうか!」という答えや、
「明日は行きたくない」という答えを望んでいたのに、
「まぁ、いいよ」という、心の奥底では行きたいのか行きたくないのか、
少しわからない、曖昧な答えが返ってきました。

そうすると、「本当に行っていいの?」とか、「本当に行きたいと思ってるの?」と聞きます。

恋人からすると「いいよ」と言っている段階で、行きたいとか行きたくないという前に、
明日は買い物に行くということを返事しているのですから、
しつこく聞いてくるあなたにイライラさせられます。

最後には「自分で行きたいのだったら、自分で決めてくれ」と怒り出します。

あなたは恋人のしたいことをしようと思って聞いているのに、
二人とも不満が積み重なっていく。

こうして人間関係が少しずつ軋みだして、最後には崩壊する。

基本的に寂しい人は、他人を喜ばそうとします。

もちろん、嫌いな人を喜ばそうとするのではなく、好きな人と、
好きまでいかない、普通の人を喜ばそうとします。

寂しくない人は好きな人を喜ばせようとすることはあっても、
嫌いない人や、普通の人を喜ばせようとすることはありません。

寂しい人は、嫌いな人以外の人を喜ばせようと、相手の望むことをしようとしますが、
相手がそれで喜ばないと不満に感じます。

自分がしたいことをして、その結果、相手が喜ぶとか、喜ばないというのではなく、
相手を喜ばそうとして、相手が喜ばないと不満になる。

自然と恩着せがましくなるし、相手には負担になるのです。

相手を喜ばそうとするという行為は、一見、相手が大切であるとか、
相手を思っていると捉えれがちですが、自分が大切なだけです。

自分が相手を喜ばせて、自分が感謝されたいとか、好きになって貰いたいだけです。

片思いの人が、相手に親切にしたり、優しくしたりして、
自分を売り込む行為をしているのと同じなのです。

片思いなら、ただ一人の相手に、自分を売り込むことに必死ですが、
寂しい人は、嫌いな人以外の殆どの人に自分を売り込むのですから、
心理的に相当疲れるはずです。

他人の顔色を伺いながら生きている人は、心の底から疲れ果てているはずです。

好きなあの人の顔色ではなく、自分の周りにいるすべての人の顔色を伺って、
あれこれ考えを巡らせて生きていたら、ノイローゼになっても不思議ではありません。

他人の顔色を伺うような生き方をしていても、あなたはしあわせになれません。

あなたが「しあわせ」になる為には、あなたが自分のしたいことを、
自分の意識の中で明確にしなければなりません。

「何がしたいのかわからない」というのは、自分を見つめていない証拠です。

こういう人は、「何をしたいのか?」ではなく、まず先に自分を見つめ直すことです。

あなたは何をしている時に、楽しいと思うのでしょう?
あなたは何をしている時に、時間を忘れて没頭できますか?

あなたは何をしている時に、煩わしいことを忘れられますか?
あなたは何をしている時が一番しあわせだと感じられますか?

自分を見つめ直すということは、自分の特徴を自分で知ることです。

あなたのことは、あなたにしか解らない。
自分をもっと知ってあげても良いと思いますよ。


◆◇◆◇◆◇◆編集後記◆◇◆◇◆◇◆

私は以前、「絶対」という言葉を使わなかったし、世の中に「絶対」はないと思っていました。
しかし、ここ数年は考え方が変わってきていて、この「絶対」をよく使います。

世の中に「絶対」はあると思います。
ちょっと考え方が偏っているのかな?と思うこともあるのですが、
しばらくは、この絶対を感じて生きてみようと思います。

絶対に悪い生き方とか、絶対に良い生き方というのは、
判断が難しいですし、個々によって違うとは思うのですが、
自分の生き方に関しては、絶対に合っているという生き方をしてみようと思います。

その結果、絶対が絶対ではないかもしれないのですが、
これはある意味、実験というか、確証を得たいという衝動です。

これだけは絶対にやりたい!とか、これだけは絶対にやらない!とか、
自分の中のルールにそって生きてみることで、何か他の視点で物事が見られるようになるかも。



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azusa_hijiri at 19:21│この記事をクリップ!人間関係