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読書感想文

2010年12月30日

上弦の月を食べる獅子〜感想文(読書途中)

◇◆◇◆◇◆読書感想文◆◇◆◇◆◇

上弦の月を喰べる獅子〈上〉上弦の月を喰べる獅子〈下〉



螺旋(らせん)に取り憑かれた男と、肺病に侵された岩手の詩人が、
それぞれにしか見えない螺旋階段と、巨大なオウム貝の化石に引き込まれ、
二人で一人の来魚(アーガタ)として海岸に打ち上げられるところから、
物語は大きく動いていきます。

来魚(アーガタ)は、海から陸に上がる時は本来、足のある魚なのですが、
この二人で一人の来魚は人間の形をした状態で海に打ち上げられます。

助けられた人間の形をした来魚は、アシュヴィンと名付けられ、
助けた家族と共に暮らすようになりましたが、何かがアシュヴィンをかき立てるのです。

海と陸と、延々と続く坂の上には、空を突き抜けるほどの巨大な山があり、
その山を登りたい、いや、上に行ってみたいという欲望が日増しに大きくなっていきます。

混沌と螺旋力、滅びと再生、進化と月の時間・・・。

本の内容は、もう一言では全くもって言い表すことなど出来ませんが、
「人は幸せになれるのですか?」という問いと、
「野に咲く花は幸福であろうか?」という問いは、
同じことであり、その答えもたま同じであるということ書かれています。

まだ、読書途中なので、その答えが書かれているのかはわかりません。

下巻の半分くらいまで来ましたが、クライマックスに書かれていると思われ、
今は、その問答に対しての部分を読んでいる途中です。

あ〜なんとスケールの大きな物語でしょうか!

全てのものの進化が、海から須弥山(しゅみせん)へと繋がり、
さらに、ウロボロスのように、大海と須弥山は同じものであり、
大海と須弥山には混沌があり、そこに全ての真実があるのです。

言ってる意味が、きっと伝わらないと思いますが、
まず、地球上のすべての生き物は、海から生まれ、進化していったと言われています。

植物も、動物も、人も、生きているものは、全て海から生まれています。

海は月の引力により、満潮や干潮がありますが、これが進化に大きく関わっています。

例えば、オウム貝の螺旋は、月の引力と深くかかわっており、
オウム貝の隔壁間にある、気房の殻の成長線の数が月齢に対応しており、
数億年前では成長線の数が、わずか9本ということから、
今よりも月は地球に近い場所にあったと推測されています。

話しは戻りまして、海から全ての生き物が生まれたのですから、
海には、その要素が全て混沌しているということが考えられます。

仏教における世界観は、全宇宙を須弥山を取り巻く8つの山と、
その間にある8つの海で構成ししてます。

大海がウロボロスの尾の部分であるなら、その尾は混沌であり、
さらに、それを咥えている口の部分も混沌であるという考えで、
大海の混沌と、須弥山の混沌も、同じものだという考え方です。

本来は、そういう考え方ではありませんが、そこを物語として創作し、
螺旋経典なる、本当にあるのか?と思わせるものまで創作し、
夢枕獏氏は、素晴らしい作家だと、つくづく思いました。

夢枕獏氏のサイコダイバー・シリーズ(魔獣狩りシリーズ)も完結し、
まだまだ、この作者の作品が読みたくて、上弦の月を食べる獅子を読んでみましたが、
まだ、読み終わってもいないのに、感想を書きたくなる程の作品です。

読み終わっていないのに、感想なんて、本当はおかしな話しですね。

でも、宇宙って科学的に、随分解明されてきていますが、
まだまだ、わからないことも多いですよね。

推測の域を出ない部分も多く残されていますので、
その宇宙(天)を仏教の教えである、須弥山の世界観と、
進化論と掛け合わせて創作されているので、何ともスケールが大きくなります。

読んでいて、映像が見えるような作品が好きなのですが、
この作品も、壮大なスケールの映画を見ているように読んでいます。

お正月休みに予定が無いという方は、同じようなTV番組を、
みかん食べながら、だらだら見るのではなく、本を読むことをお薦めします。

詳細 >> 上弦の月を喰べる獅子〈上〉上弦の月を喰べる獅子〈下〉

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azusa_hijiri at 01:42|Permalinkこの記事をクリップ!